トップが無能の会社は人が逃げる!営業所が一つ潰れた話【体験談】

今回は実体験記事となり、管理人が所属していた時代で入社当初は10人くらいいて毎月3千万円以上を売り上げていたさる営業所の話となります。

まさにトップの能力で衰退は簡単に起こるんだな……くらいに思っていただければ問題のない、ある会社の管理人の体験談です。

本記事には身バレしない程度の適度なフィクションが含まれています。

 

ちょっとここだけ(20代の転職を考えている人向け)

転職を一番考えるのは20代かと思います。

会社というものは入社してみないと良し悪しなんてわからないもの。

自身に合わない、ついていけないと思っていたら若いうちに転職して落ちつける会社を見つけましょう。

特に20代であることは大きな武器となり、経験なんてなくても多少のことならマイナスにはなりません。

かといって、様々な年代の人が転職活動をする主戦場で戦うのも不安ですよね。

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かつては良かった営業事務所

事務所

結論からいいますと、一気に人が辞めてこのたび営業所が潰れました!

まあ、その辺りの経緯はここからの話を見ていっていただければと思うのですが、戦後に兵庫県で立ち上げて焼野原だった東京に測進出してきたこの会社。

OBに聞けば、

「初代社長は本当に凄かった!」

「何でもやってみろ、と鋭意的だった」

と非常に立ち上げ当初の初代社長は戦後まもなくアメリカに渡って技術を盗んでくるなど、人物的にかなり凄い人であったことがわかります。

時は、戦後の何もない時代ですので会社を立ち上げ、ある程度需要のある物を作って売れば高額でも売れた時代です。

「毎日夜中までお客さんを回っていたけど、楽しかった」

とOB談。

いまではブラック企業のような仕事時間だったようですが、それは『24時間働けますか?』のキャッチフレーズがあったような時代ですので、それが当たり前だったのでしょう。

成果さえあげれば月収も営業マンは100万円近くあたりまえで、しかもまだ技術も稚拙だったので売っては壊れて回収して、修理してととにかく忙しいながらも預金口座がどんどん増えていくというまさにバブル期を経験していたようです。

 

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時代は二代目の社長に

そんな栄華ともいうべき時代にいくつかの営業所を作って大きくしてきたこの会社。

雇われ社長や、販売部門と工場部門を別会社として分けてくっつけてなど迷走をしつつも、ボーナスが数百万円単位で出るなど羽振りはとてもよかったようです。

さすがに戦後に立ち上げて数十年。いよいよ初代社長も歳には叶わず完全に引退をして、息子である二代目社長へと経営を繋げます。

時代はちょうど、バブルがはじけた頃に差し当たりました。

まさにボーナスタイム終了のお知らせ!というヤツです。

当然ながら物は作っても売れなくなり、給料もどんどん下がって現代日本で想像できる一般サラリーマンの平均くらいまで落ちます。

まあ、利益がないのですから当然ですよね。

さて、比較的多いパターンであると言われていますが、初代が会社を興して二代目が会社を傾かせて三代目が潰すという王道パターンを見事にやってくれたのがこの会社です。

初代というのは基本的に行動力も、経営の才能もある人が会社を興して盛り立てていくものです。

というか、ある程度優秀ではないとそもそも会社を続けることは難しいでしょうし、うまくいくはずがありませんよね。

そして、その初代の築いた土台の上に立つのが二代目社長というわけです。

はっきりいって、初代ほどに行動力はなく頭もさしてよろしくなく女好き。バブルがはじけて従業員の給料が下がったというのに、自身は高額な役員報酬を下げもせず愛人と遊び歩いていたようですね。

おまけに、周囲をイエスマンで固めてしまい、思い付きの新製品を出しては売れずに数年で撤退を繰り返します。

管理人が入社したのはこの頃で二代目社長の組織が作られたあたりでした。

印象としては、二代目の何不自由ない暮らしをしているんだろうなというさして魅力を感じない社長でしたね。

この二代目のしいてマシだった点をいえば、まだ自身がトップという自覚があり、従業員のボーナスがリーマンショックなどで満額払えない時は謝罪を入れたり、自身を含めた役員の給料減額に踏み切ったことです。

一応、謝罪を入れているあたり社員たちの留飲は下がるので、まだ二代目の時代は不満はあれど平和でしたし活気はあったかと思います。

 

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能無し三代目社長の台頭

若い社長

転職してきた管理人がようやく仕事に慣れて落ち着き始めた3年目くらいでしょうか、二代目が年齢で引退しついに三代目社長に変わります。

さて、会社にとっては転換期です。そして……従業員にとってもまさに転換期といっても過言ではなかったでしょう。

何せ、ぼんくらボンボン社長を絵に描いたような社長で、ボーナスカットをしても謝罪はしない。無茶苦茶な人事はする、社内で愛人を作るばかりか異例の大出世をさせる、セクハラ・パワハラ常習犯を上にあげる、ボーナスをカットし続けているのに役員報酬はそのまま。

などなど、あげたらキリというものがありません、

そんなこの社長のろくでもなさは、下記の記事にて以前書かせていただきましたのでご参考ください。

 

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さて、そんなわけで全社的に退職者が不況にも関わらず増えてしまったこの会社。数年後には有能なベテランが定年でごっそりと抜けるのを控えた状態で若手がまったく定着しません。

そして管理人もまた、この会社のしかも社長から不利益変更という労働契約法においての違反行為をされ、労働基準監督署にいき、最終的に裁判沙汰にして争っているところです。

 

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どうも、似たような被害を受けて辞めていった人も多いとか。どんだけこの社長はバカなのでしょうか。

ただでさえ、全社的に人材が少ないのに誰が辞めても何とかなると思っているあたりお花畑です。

 

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ついに人がほとんど人が辞めて東京営業所が潰れた!

落ち込む

さて、この能無し三代目社長の信用・魅力のなさのおかげでそもそも、管理人が所属していた東京営業所は6人いたのに2021年春、2人が会社を去っていきました。

ここでも何とかなると思っていたのか、それとも裁判をしている人間が所属しているせいで悪評が立つのを恐れたのか人員の新規募集はされません。

当然、2人分の業務は残っている4人に押し付けられます。

そして夏過ぎ、実は裁判の長期化の懸念やそれに伴った会社と社長への信頼を完全になくした管理人がついに会社を辞めました。

続けて、残りの3人中2人もほんの一週間程度の差で退職届を次々に出します。(打ち合わせたわけではないですよ)

残るは若干一名の営業マンひとり。彼には可哀想ですが、この状況で『営業所』として成り立つはずがありません。

ついに、無能なトップを誰も信用できずひとつ営業所が潰れるという事態になったのです。

どうやら人を採ろうとしたり、他の営業所から異動させてこようとしたらしいですが、上がパワハラ・セクハラ常習犯の人間です。

誰がそんな人の下につきたがるでしょうか!!

まあ、結局はにっちもさっちもいかなくなり、ほんのわずかな間に営業所がひとつ回し切れず立ち行かなくなったという形ですね。

このようにトップが無能になってしまうと、本当に会社は傾いていくといういい実例になったわけですね。

 

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まとめ

さて、管理人の体験として営業所が潰れた話についてまとめてみました。

今回は、第三者目線でちょっと客観的に概要を書いてきた記事となります。

実際管理人の所属していた会社はちょっと極端な例になってしまうかもしれませんが、やはりトップについていこうと従業員が思わなければ衰退していくのは自明の理であるかと思います。

世の中色んな会社がありますが、上層部の人間性に魅力があるかないかで随分と会社の未来も変わってくるのではないでしょうか。

本記事が誰かの参考になれば幸いです。

 

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